公明党名古屋市会議員 | ばばのりこ | 中川区 | 私にとって議会質問とは。

私にとって議会質問とは。

photo_001.jpg 「『書類の書き方さえもわからない。』といった相談がいっぱい来ますよ。こういう人たちを助けてあげるのが市会議員の仕事です」。市会議員への立候補を決めた平成11年、地域の民生委員さんからこんな言葉をお聞きしました。
 国会議員である父の秘書をしながらさまざまな相談に携わってきた中で、いくばくかの自負はあったものの、今でも忘れられない言葉となっています。
 こうした中で、私は「市民相談が議員の命」という政治信条を掲げ、議員活動を開始しました。そして、当選後の初仕事は、「西尼ケ塚荘の側溝にふたがなくて危険なのでなんとかしてほしい」という市民の方からの相談でした。まさしく新米議員の原点というにふさわしいものでした。その後も皆さまから寄せられるさまざまな相談に、一つひとつ困っている方の気持ちになって対処してまいりました。
 市会議員には、市民の代表として議会での質問を行うという重要な職務があります。当選から2カ月後の平成11年6月に、初めての質問の機会がめぐってきました。私は、市会議員になる前から市民の一人として疑問に思っていたこと、改善できないかと思っていたこと、あるいは市民相談を行う中で感じた事柄を題材に、市長や担当局長に質問をしました。今回、この冊子にも掲載している「高齢者への化粧療法(コスメティックセラピー)」なども、そうした質問の一例です。
 しかし、議会で質問をすることは、実は簡単なことではありませんでした。疑問がある内容であっても、現状がそうであることには、それなりの理由があります。市当局を納得させ、改善させるためには、事前に相当な調査・研究をすることが求められます。また、制度の改善や創設には、予算が欠かせません。私が当選した平成11年度には、すでに市の予算状況は苦しくなってきており、国の補助金の有無なども、事業実施の検討にあたっては、重要な事柄でした。
 こうしたことを感じながら、市会議員2年目の平成12年には東海豪雨が発生しました。この出来事は、今も取り組みを進めている「災害に強いまちなごや」の実現への強い原動力となりました。同じく、平成12年には、県制度が変わることを受けての市の乳幼児医療助成制度(現在の子ども医療費助成制度)の改正がありました。この時は、国や県、他都市の制度やその財源も含めた幅広い視点からの調査・検討の必要性を痛感しました。
 それから10年、市民の声を政治に反映させていきたい、よりより政策を実現させていきたい一心で、名古屋市はもとより全国津々浦々へ出かけ、国や県、他都市の職員さんや地元の方々と議論を交わし、さまざまな政策を提案してきました。そして、よりより政策提案のためには、現場に出向き人の話をよく聞くことや議論することが何よりも重要だと確信するようになりました。しかし、一生懸命やればやるほど費用も時間もかかります。
 こうしたことに使うためにある政務調査費は、私にとって大変有難い、また必要不可欠なものとなっています。
 名古屋市は、財政規模でも産業規模においても、世界有数の大都市です。さらなる地位向上のためには、海外との交流や情報発信の必要性を再認識し、海外にも積極的に眼を向けていかなければなりません。こうした側面からの質問や提案にも、引き続きしっかり取り組んでまいりたいと思います。
 私が名古屋市に移り住んで36年が経過いたしました。市会議員として名古屋市を知れば知るほど、このまちが大好きだという気持ちがいっそう強くなってきております。名古屋市が、皆さんにとって今後とも「住み続けたくなるまち」となりますよう、引き続きがんばってまいりますので、ご支援、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

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